top of page

夫婦二人三脚のボストン留学

執筆者:

中川 草(東海大学医学部)&中川 春菜

留学先:

Department of Organismic and Evolutionary Biology, Harvard University(米国マサチューセッツ州)

はじめに

私(中川草、以下「草」)が留学先(研究室)を探す上でまず一番に考えたことは“自分のこれまでの経験を踏まえた上で、今後身につけたい知識・技術を習得できる環境であること”でした。留学を検討していた当初は、土地柄や日本人コミュニティの有無などは全く考慮しませんでしたが、実はこれが、留学生活やその後の人生にとても大きく影響する重要な要素であったように思います。この思いは、留学中から留学後にかけて徐々に確信に変わっていきました。
今回は、私の拙い経験ではありますがぜひshareしたいと思い、幾つか思いつくことを書いてみました。また、私の妻(春菜)も一緒に滞在してくれたので、その経験やアドバイスも併せて寄稿します。妻は理系の研究職ではなく、一般の勤め人でしたが、留学先では私よりも幅広い人々と交流を図っていたので、帰国直前には毎日のようにfarewell lunchやdinnerにでかけていました(私はというと、ドタバタと研究の後始末や雑用をこなしていました)。そんな妻の経験談やアドバイスが、留学に同行するご家族にとって少しでもヒントや励みになれば幸いです。

留学が現在に役立っていること

「留学先で日本人と交流するべきか」、という話題はよくでてくるものの一つです。私は個人的には「ぜひ日本人とも交流するべきだ」と考えています。交流するべきではないと考える人は、おそらく留学中に語学の向上や現地の自分の分野の関連研究者との交流を最重要視するべきだ、という意見が主だと推察します。しかし、インターネットが普及した現在、留学先でも日本語を完全に絶つことは(おそらく)不可能であるし、日本人と交流しながらかつ現地の研究者とも密にコミュニケーションを取るということも十分可能だと思います。また、自分と研究分野が非常に近い日本人と出会うということは稀ですが、その一方で、日本にいたら到底知り合わないであろう分野の人達と話をする機会(日本人会や大学のTGIFや季節ごとのパーティーなど)が頻繁にあり、その機会を逃してしまうのは非常にもったいないと思います。
社会学の用語で“The Strength of Weak Ties”という言葉があるそうです。これは人と人との弱いつながり(人間関係)こそが、困難なときの突破口となるというセオリーのようです(密なつながりのある人達は同じ境遇や同じ分野にいる事が多く、その分野が困難な状況の時はたいてい周りも困難であり、解決の糸口は、意外にも普段関わり合いの希薄な人間関係の中にあったりする、というようなこと)。私はこの言葉にまさに当てはまるような経験がいくつかあり、現在行っているウイルス関連の仕事も、偶然の出会いで結ばれた人間関係から始まりました。
加えて、家族が留学に同行する場合は日本人のつながりに助けられることは多いと思います。留学する本人は研究という明確な目標があり、その達成のためには多少の困難があっても乗り越えていけますが、家族はこれといった目標もないままに知り合いのいない海外に連れて来られて引きずり回されてしまうのだからその心細さは想像に難くありません。そんな時、同じ経験を重ねた日本人と話すと非常にリラックスすると思います。私の妻がまさにその通りで、始めは家にこもりがちでしたが、大学が用意してくれた配偶者会(後述)などに参加するうちに五月雨式に交流が広がっていき、数ヶ月もすると私よりも妻の方がアクティブに飛び回っていたような気がします。私には帰国後も親しく近況報告や共同研究をしている仲間が何人もいますが、元をたどれば、妻同士が知り合いであったことがきっかけで距離が急激に縮まったというパターンがいくつもありました。

 

それでは次からが妻の留学体験記です。なお、私たちがハーバード大学のある米国ボストン(正確にはボストン近郊のSomerville)に滞在していたのは2011年9月〜2013年3月でした。

滞在中の妊娠について

 

春菜:結婚2年目で渡米しました。子供を望んでいたので、留学先で妊娠した場合について考えました。具体的には、アメリカで加入する保険について。妊娠出産をカバーする保険としない保険とでは、月々1,000ドル近くもの差があり大きな悩みどころでした。不確定要素への出費としては大きすぎるということで、カバーしないタイプを選択。妊娠したら私一人帰国して出産、という方向で考えました(結局、妊娠はありませんでした)。
―はじめはアメリカの保険に入りましたが、後に日本の旅行保険に切り替えました。(草)

 

まさかの歯痛

 

春菜:アメリカで歯医者にかかると保険が効かないのでものすごくお金がかかる(毎回数百ドル!治療費が家賃を上回ることも)という話を聞いており、歯医者での虫歯チェックを済ませて出国しました。それなのに渡米後1ヶ月でまさかの歯痛。奥歯の痛みで夜な夜な目を覚ますようになり、情けなくて暫く夫に言えませんでした。運良く渡米後4ヶ月で一時帰国のチャンスが巡ってきたので歯痛を告白。1週間の帰国でしたが帰ってすぐ国民健康保険に加入し歯医者へ行き、帰国2日前に保険を解約しました(加入期間が1ヶ月に満たない時は、国保の加入料はかからないそうです。有難かった)。歯医者の診断は「ストレスによる食いしばりで虫歯ではない」でした。ポカンとする私。自分では楽しくスタートしたつもりの海外生活でしたが、やはりストレスはかかっていたようで……夜中、無意識に歯を食いしばっていたようです。そんな訳で特に治療が長引くことはなく一件落着となりました。オーラルケアは大事。それから、自分のストレスを自覚することも大事だと痛感する出来事でした。また、親知らずのある方はストレスで疼くこともあるようなので要注意です。
―私も歯痛が一度あり、一時帰国中に治しました。(草)

 

私たちを支えてくれたもの:日々の和食&弁当

春菜:やはり留学先での心身を支える大きな要素は「食」だと思います。少し割高ではありましたが、アジア系スーパーで日本食材を買い日々の生活に活かしました(米・各種調味料・豆腐・油揚げ・海苔・昆布・ヒジキ・餅・あんこなど)。また、日本食ブームだったこともあり、ポン酢や日本のカレールーは普通のスーパーでも入手可能でした(野菜については特に不便はありませんでした)。ボストンは東海岸で魚介類が安くて豊富だったのは非常に幸運で、海老、アサリ、サーモン、メカジキ、などをよく食べていました。朝・昼(弁当)・晩と基本、おうちごはんで、時々外食を楽しむ、というのが体調管理には良かったようです。
―毎日の食事は助かりました、たまに独身の友人などを家に呼んでご飯を一緒にするととても喜ばれました。(草)

 

私が支えられたこと:夫のアンテナ・社交性

春菜:知り合いゼロ、職業ナシ、子供ナシ、から始まった海外生活。夫が大学の家族向けサークルの存在を知って勧めてくれたり、各種交流会やパーティーに数多く私を連れ出してくれたことにより、知り合いがどんどん増えていきました。私が人の輪に入れるように常にアンテナを伸ばして情報をキャッチしてくれたり、その場に同行してくれたことがとても救いでした。
―偶然大学の海外研究者向けの掲示板に貼ってあったチラシを見つけたことがきっかけでした、このような活動をしている現地の方々にはとても助けてもらいました。(草)

 

留学前の自分たちにアドバイスしたいこと

春菜:家財道具を処分しすぎず、祖父母宅の倉庫を借りるなどして最低限のものは保存しておくべき。帰国後に一から揃えるのが非常に大変でした。
―友人にはトランクルームを借りて家財道具を置いていた人もいました、もし日本への帰国を考えての留学ならばそのほうが安く済むことも多いと思います。(草)
春菜:美容室要らずの髪型にしたのは正解でした。もともとショートヘアの私ですが、アメリカで合う美容院を探すのはなかなか大変という噂を聞いていたので、髪が伸びても結んでしのげるような髪型にして渡米しました。これは正解。美容室へ行くのは一時帰国時のお楽しみにしました。
―私は妻に髪を切ってもらっていました、道具は近くの量販店で10ドルくらいのものです。(草)

 

留学中にやってよかったと思うこと

 

①Harvard Neighborsへの参加
春菜:Harvard Neighborsはハーバードに勤務する研究者の家族向けのサークルです(http://www.neighbors.harvard.edu/)。世界各国、文理問わずさまざまな分野の研究者の家族(主に妻)が集います。英会話、仏語、独語などの会話クラスから、自国の文化紹介プログラム、創作活動プログラムなど多岐にわたるサークル活動の中から好きなものに参加でき、友達がたくさん出来ました。ここでの出会いはかけがえのないものとなり、帰国後もよく集まって交流を図っています。ハーバードの奥様サークルということで、ハイソすぎるセレブ集団だったら怖いなと警戒しつつ覗きに行きましたが、庶民的な感覚を持った素朴な方々が多く、最高の仲間づくりができました。このサークルの存在を知らずに過ごしてしまう方も多いそうなのですが実に勿体無いです。是非多くの方に知ってもらい、参加してもらいたい素晴らしいプログラムです。
―帰国後もお付き合いが続いています、この出会いには本当に感謝しています。(草)

 

②カンバセーションパートナーを持ったこと
春菜:知り合いの紹介で日本語を勉強中のアメリカ人と知り合い、カンバセーションパートナーになりました。毎週、カフェや図書館などで会い、英語で1時間、日本語で1時間の勉強時間を持ちました。生活の中で表現に困ったフレーズなどをメモしておいて自然な英語ではどう言うのかを質問したり、面白い日本文化を相手に解説できるよう準備して出向いたり、ただの雑談で終わらないように工夫しました。一方、パートナーはボストン大学で日本語クラスを受講中だったこともあり、日本語テキストの宿題やテストでわからなかったところを質問してくることが多く、一緒に取り組みました。家族ぐるみで食事をしたりすることもあり、とても仲の良い友達になりました。帰国後、もう既に2回日本に遊びに来ており、今年は私の実家で一緒に年越しをしました。現地で語学学校に行く手もあったのですが、友達を作って学び合うというこのやり方が私には一番フィットしました。コストはもちろんゼロ(強いて言えばお茶代)です。
―私も論文の英語やEditorとのやりとりについて色々と意見をもらいました。(草)

 

日本では思いもしなかった、大事な点

①公共交通機関の時刻表をあてにしてはいけないということ。
春菜:日本では、時刻表を見て目的地へ行くための出発時刻の見当を付けますが、アメリカのバスや電車は時刻表が全くあてになりません。大切な用事の場合は、時間にかなりのゆとりをもって行動する必要があります。
―スマホではバスの運行をみるアプリがあり重宝していました、ボストンの冬は非常に寒いのでこのアプリのお陰でバスを待つ時間を大きく減らすことができました。(草)

 

②「主婦業」「日本文化」をリスペクトするようになった
春菜:日本にいた時は共働きで、家事はやっつけ仕事という感じで過ごしていた私ですが、ボストンで出会った日本人の奥様(特に自衛官の妻)の生活の知恵の奥深さに感服しました。和食の基本、もてなしの心、季節感を生活に取り入れる遊び心、裁縫、着物の知識…etc。こういったことをひとつひとつ大切にして生きることの豊かさと面白みを教えてもらいました。主婦業は報酬のある職業ではありませんが、家族にとってプライスレスの価値があると考えるようになりました。自宅で食事を用意してお客さまを招くということにも慣れ、帰国後も楽しい習慣になっています。

失敗体験

①火災警報器を頻繁に鳴らしてしまった

春菜:アメリカの火災警報器は感度が良すぎて、炒めものや焼き魚をする際は換気に気をつけないとすぐに警報音が鳴ってしまいます。よく鳴らして大家さんを驚かせてしまいました。

②病院で処方された薬が強すぎた
春菜:滞在中、一度だけ病院にお世話になりました。処方された薬を指示通り飲んだら、症状は消えたのですが、体内で必要な他の菌まで滅菌されてしまったのか、吐き気と腹痛で目を覚ましました。何の薬であれ、全般に強めに感じます。基本的な薬は日本で調達しておいたほうが無難です(具体的には、風邪薬・胃腸薬・鎮痛剤・漢方薬など)。

 

 

もし戻れるなら、どんなことをするか?

春菜:習い事をしたいと思います。ボストンは世界各国の文化が集う地だったので、もし戻れるなら、色々な国の料理を習ってみたいです。

 

Two-body problemに悩む方へのアドバイス

春菜:「手に職」がキーワードです。何らかの資格や特殊技術を持っていると、海外で思わぬ役に立つことがあります。また、日本でのキャリアが中断しても、帰国時新天地で求職するにあたって大きなアドバンテージになると思います。そういうものが特にない場合は、海外で何かひとつ極めて帰国することを目標にするのも良いと思います。ビジネス上の資格取得にとどまらず、フラワーアレンジメントやナンタケットバスケットの編み方など、趣味の分野の技術習得も良いと思います(帰国後、自分で教室を開くきっかけになるかもしれません。)

 

夫の留学に同伴することのデメリットとメリット

春菜:デメリットは、日本での仕事を一旦すべて辞める必要があったことでした。一方で、デメリットに勝るかけがえのない経験を得られたと感じます。「日本の職場で培ってきたものといったん別れて、まっさらな状態で新天地に付いていく」というのは勇気の要ることではありますが、ある意味、近視眼的な自分に別れを告げるチャンスとも言えます。今まで触れたことのない文化や価値観に触れること、自分の無力さを知ること、その中で自分が一番に望む幸せとは何かをみつめること。こんな精神修行は望んでもなかなか経験できるものではありません。実際、海外生活を経て日本で仕事に復帰した際、以前より人に対して寛容になれている自分や、プライベートを大切にしようとする自分に気づき、生活全体の質が向上したように感じました。縁あって人生を共にするパートナーに訪れた転機は自分にとってもチャンスのはず!そう信じて進んで良いと、私は思います。

以上が妻からの経験談でした。アメリカは家族単位で行動することが日本より多く(例えばボスの家などに招待された時は夫婦で参加するのが自然です)、今回の体験記を書くことで、二人三脚で乗り切った日々を久しぶりに懐かしく思い出しました。みなさまも研究はもちろん、それ以外にも素敵な留学生活になることを切に祈ります。

2015/11/19

​編集者より

​執筆者紹介:

-​

編集後記:

中川 草
東海大学医学部 分子生命科学 助教、東海大学マイクロ・ナノ研究センター 研究員。2008年東京医科歯科大学大学院修了、博士(理学)。その後に国立遺伝学研究所 生命情報・DDBJ研究センターで博士研究員。2011年9月から2013年3月までハーバード大学進化生物学科のDaniel Hartl研究室に客員研究員として滞在(JSPS特別研究員)。滞在中に書いた滞在記(失敗談含)はこちらに掲載(BioMedサーカス.com:http://biomedcircus.com/special_01_08_1.html)2013年4月より現職。ゲノムの進化に興味を持ち、現在はウイルスが宿主に内在化した配列、内在性ウイルスの機能や進化に興味を持ち研究を進めている。そして家ではもっぱら妻(春菜)と一緒に娘(花恵)の育児に奮闘中。

編集者:

黒田垂歩

bottom of page