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海外PIになるために知っておいて損は無い十項目

執筆者:

八代 健太 (ロンドン大学クイーン・メアリ校 バーツ&ロンドン医歯学校)

留学先:

ロンドン大学クイーン・メアリ校 バーツ&ロンドン医歯学校(イギリス)

多くの人は、海外で何年かのポスドクをした後に日本へ帰国されると思いますが、なかには海外にて研究者としてのキャリアを模索する方もおられるでしょう。とりわけ、良い仕事を出したポスドクたちが次々にテニュア・トラック等に乗ってPIとしてのキャリアを開始して行く様は、いくらポスドクとして良い仕事をしたとしても、日本では帰国後も多くの場合「ポスドク」のポジションしか獲得出来そうにも無い現実と、依然、大きな隔たりが有ると感じます。
私は、 日本で大学院生〜ポスドクを経て大学の助教を務め、この間に行った研究を運良く評価していただけたことから、海外でのポスドク経験がないまま、いきなり英国で約7年前にPrincipal investigator (PI)のポジションを得て今日に至っております。渡英後、体当たりで経験しながらなんとか前に進んできましたが、その過程の中で「事前に知っていれば」「誰かが適切なタイミングで教えてくれたら」こんな苦労をしなくてよかったものを、と思う点がいくつかあります。長らくPIとして第一線でご活躍の方からすると、多くが「そんなのは当たり前。知らない方が、脇が甘い」ということかもしれませんが、海外でこれからPIとしての独立を模索している、または模索したいと思っている方々向けに、自身が経験したことを踏まえて、僭越ながら私見を述べてみたいと思います。

 

其の一「研究所の方向性を把握しよう」

日本の研究所や大学の中にいると、少なくとも生命科学の研究領域であれば、(特定の領域の縛りがはっきりしている研究所以外であれば)、どこにいても研究活動を行っていく上で大きな縛りを感じることはまずないと思います。実際に、私自身もそのように感じることは日本ではありませんでした。
ところが、英国に来てみると、「研究所の方向性」なるものがトップダウンで決まっていき、これにマッチする研究でない場合はいろんな局面において支障を生じることが多いように思います。極端な話、研究所の所長が変わると、この大方針も大きく転換する可能性があります。教授会での「ボトムアップ」型の意思決定で運営されている日本の高等教育機関とは、大きくその意思決定の仕組みが異なります。ある特定の分野や学部は得意ではなく成果が出ていないと判断されるや、研究所の部門だけではなく、もっと大きな枠(学部や研究所)ごと廃止になったり、他の大学に売却されたりします。極端な場合は、研究所の所長の交代に伴って、全く今までとは違う研究の方向性へと舵を切ってしまう可能性まであるのです(実際には、そこまで極端な方向転換はないと思いますが)。
自分の方向性と施設がマッチしていないと、自分の研究に必要なインフラが整っていなかったり、将来に渡ってもそういったインフラを充実させる意思が研究施設に無かったり、マッチした施設に居れば何もかもスムーズに進むことがなかなか進まなかったりと、研究上の生産性にかなり大きく効いて来ると思われます。もし自身の方向性とマッチしないならば、いくら給与面等で魅力的なポジションをオファーされても、契約書にサインすべきではないと思います。

其の二「研究所の研究設備が自分の研究の方向性にマッチしているかよく確かめよう」

其の一といささか重複します。「自分の研究を効率よく進めるにあたって不可欠なインフラ」が最低限揃っているのかどうかは、スムーズに自身の研究と研究室を立ち上げるにあたってはとても重要と言えます。契約書にサインする前に、そのようなインフラが整っているのか、整っていなくても早急に整えて自分たちの研究に対して研究所が十分なサポートをする気があるのかは確認したほうが(少なくとも、事前に言質は取っておいた方が)よさそうです。

其の三「良きメンターを得ることが出来るかは重要」

海外で研究活動を展開するにあたって、言語だけではなく、文化的背景、物事の考え方、制度など多くの点で日本のそれとは異なるために、戸惑ったりわからないことがあったりが多いのは事実です。ことに、大学の運営ともなると、その意思決定の力学(これをおそらく政治という)は、日本の大学しか知らなかった者からすると、驚くことが多々あります。であるからこそ、自身のプロモーションへのサポートとしてタイムリーな時期にタイムリーな助言を与えてくれるメンターの存在はとても重要と思います。良きメンターと巡り会えるかどうかで、その後の成り行きは雲泥の差がつくかもしれません。契約の前に、誰がメンターになってくれるのか、気にしておいた方が良いように思います。
ちょっと話しがそれますが、政治に関して、英国で知り合いの教授に言われた言葉が印象的ですので、ここにご紹介しておきたいと思います。
「研究者は、皆、データを出すことに直接的ではないことを面倒がって避けたがる。その最たるものが研究所や学内における政治かもしれない。でも、冷静に考えると、学内における政治の力学をきちんと理解してさえいれば、政治も科学的に論理的に対処できるはず。なぜ研究上において実験を企画し、結果を解釈して次の仮説に挑もうという場合には論理的に対処できるのに、政治となると皆が諦めて観念してしまうのか?全てにおいて、科学的に取り組むようにすれば、政治も同じはずです。そこから逃げたりせず、英国でのそれを理解して対応しようとする態度こそ、移民にとってのグローバル化と言えるのではないですか?」
目から鱗が落ちました。

其の四「ラボ内の労働力についての考察」

海外での研究は、基本的には競争的研究資金に拠って推進するのが通常と思います。その場合は、研究の実費以外に、大きなウエイトを占めるのが、ポスドクかラボテクを雇う人件費です。人を雇ってそれを使う点が、今までポスドクとして使われていた立場と大きく違う点です。
自分の経験をもとに、ポスドクと大学院生に関しての私見を述べます。
ポスドクは、意外なのですが、 多くが「勤務時間通り」でサラリーマン的です。欧米の社会的背景から、時間外労働は強制出来ません。本人が自発的に手を動かす気にならない限り、「データが出ていないならば土日も実験したらどうだ」と言おうものなら、欧米では即パワハラです。契約があと半年しか残っていないのに、しかもデータが出ていないにも関わらず、夏休みをばーんと3週間取ったりします(休みを取るのも「権利」と連中はいう)。日本人にはなかなかこのあたりのメンタリティは理解し難いでしょう。要するに、即戦力として期待して取ったのに、「意外と働かない」「言われたことしかしない」場合が多いと感じています。なかには、「こいつは働くし、無駄が無いし、凄いな」というポスドクももちろん居るはずです。おそらく、そういった有能でアンビシャスなポスドクは、独立したての名も無い若いPIの所にはなかなか来てくれないでしょう。だって、皆さんがポスドク先を探す時も、ボスは有名な研究者か、ラボから業績が出ているか、誰のお弟子さんかが重要な要素ではなかったですか?ですから、独立したての場合は、アンビシャスで有能なポスドクの獲得は、あまり期待出来ないと思ったほうが良いでしょう。となると、独立したての自分のラボ内で一番有能なのは最初のうちは「自分」だと言うことになりますから、しばらくは自分が実験をして直接データの創出に関わることは覚悟しておいた方が無難です。予算がついてポスドクを雇える場合は、公募で仮に優秀そうな人が応募して来なくても、それなり使えそうで、やる気があって協調性もある人を採用し、時間をかけて自分が教えて育てることを考えた方が現実的かもしれません。
大学院生はポスドクほど経験が有りませんので、テーマだけ与えて放置という訳には行きません。使えるようになるまで、手間ひまがかかります。その代わり、「学位」が彼/彼女らの目標ですから、設定した短期的なものも含めた目標をクリアするために、頑張る人が多いと感じています。ですから、ラボの労働力として、大学院生の獲得も積極的に考えた方が良いでしょう。もちろん、人を指導することで自分も成長出来ますし、自分が知らなかった海外の高等教育機関での学位取得の過程も理解出来ます。何よりも、学位を取らせることが出来たと云う事実は、研究者としての評価を挙げることにもなります。ただし、黙って待っていても大学院生は勝手には来てくれませんから、獲得に相応の努力が必要です。

其の五「契約書にサインする前に」

どのようなインフラが研究施設に揃っていて自分の研究に必要なインフラはすぐに手に入るのか、施設の方向性は自分の研究の方向性とマッチしているのか、メンターは誰でその方は良さそうな人物なのか、教育へはどういった関わり方を最初は求められるのか、大学院生獲得にはどのような方法が考えられるか、給料等の待遇は常識的なポジションに見合った待遇なのか、契約書にサインをする前に、今一度冷静に立ち止まって考えましょう。あとで、こんなはずではなかったと後悔しないように。

其の六「教育には積極的に関わろう」

すでに自分の研究者としての確固たるポジションを確立されている方以外は、ましてはこの記事が対象としている私を含めたジュニアのポジションの研究者であれば、研究者として成長していくために、いつまでも同じ場所で、同じポジションで、というわけにはいかないでしょう。建設的に研究を発展させるため、より良い研究環境得るため、または良い意味での刺激を得るべく研究環境を積極的に変えるために、別の施設に移りたいといつかは考え始めるはずです。
新しい研究環境を求めて研究職を海外で探した場合、一番多いポジションは大学のポジションでしょう。英国では研究と教育の双方を受け持つ立場のポジションが最も募集案件が多いです。公募で面接に呼んでもらえた場合に必ず聞かれる質問の1つが、「教育にはどのような形で関わってきたか」です。ジュニアの立場だと、ビッグボスのような巨額な研究費で研究を行えるわけではないですし、ラボの人員も少数から始めることになりますから、自分の時間を教育に取られるよりも、少しでも自分で実験をし、研究費申請書や論文を作成することに時間を割きたいと思ってしまいがちなのですが、面接の場で胸を張って「学部学生相手にxxxの講義をレギュラーで持っていました」「学部学生の卒研を毎年必ず受け持っていました」「大学院生に博士号を取らせました」等言えることは、ポジティブに働きます。ですから、教育には、できるならば、なんらかの形で参加し貢献していくべきでしょう。すごい研究を展開している有名な研究者ほど、実は教育にも多くの時間を割いている場合が多いことも、知っておいたほうが良いでしょう。もちろん、大学院生に学位を取らせることも、すでに議論した通り、教育のキャリアとして評価の対象になります。

其の七「学会には発表をしなくてもマメに顔を出すようにしよう」

ラボを立ち上げたばかりの時は、学会に出る暇があれば早くデータを出して、早く論文を出し、自身のプロダクティビティをアピール出来るようにして、次のグラント獲得を堅実なものにしたいと考えがちな人も多いのではないかなと思います。実は自分はそうでした。ところが、国際学会に顔を出さずに2年も3年も経って行くと、いくらハイ・インパクト・ジャーナルの論文を引っさげて独立したとしても、次第に自分の名前と顔は忘れられて行きます。そう、ごく一部の例外を除き、ハイ・インパクト・ジャーナルの論文の世間の評価は「元ボス」の仕事であって、自分はまだ名の売れたスター研究者では無いのです。
科学コミュニティと繋がっておくのは、特に独立したての時には大切に思います。参加した学会で思わぬ会話から、自分の研究に役に立つリソースを譲ってもらえる話になったり、助けてもらえたりする可能性はゼロではありません。毎年、決まった学会に顔を出して積極的に色んな方々に話しかけて行くことで、次第に「ああ、あいつか」と顔と名前を認知してもらえるようになります。
もう1つのメリットは、学会で学術雑誌のエディター達と顔見知りになり、インフォーマルにその学術雑誌に投稿する際にどういったことが重要かをディスカッション出来たりする可能性があることです。筆者は、英国内で開催された学会に参加した際に、英国に基盤を置く某学術誌(注;Nature関係ではありませんのであしからず)のエディターさんと顔見知りになりましたが、英国内の発生生物学を志す研究者の多くが、明らかにこの雑誌のエディターさん達と既知の間柄であるということに気付いて衝撃を受けました。日本にいたらこうはいきません。海外に居るメリットを存分に生かすにも、国際学会とドメスティックな学会には定期的に顔を出し続けるべきだと思います。

 

其の八「英語でのwritingの能力を、とにかく鍛えよう」

とかく英語で「聞く」「話す」に注意が行きがちですが、実際に、PIとして真っ先に必要だったのは、研究費申請書を書いたり、メールで人と交渉をしたり、要求された書類を作成したりといった英語でのwritingでした。実際に、筆者は、初めて書いたグラント申請書は、よしこれで行こうと思ったモノを研究所長さん(生粋の英国人)に見せて批判をあおいだところ、「内容は良いが、めっちゃ読み辛い」と所長室へ呼び出され、筆者の目の前で2時間ほどで、所長さんの手によって「セクシー」な英文に目の前でぱーっと生まれ変わっていき、完全に打ちのめされた気になりました。研究費を獲得すると研究所にとってもクレジットが有るので、日本では考えられませんが、所長クラスや周囲の教授たちも、研究費申請書の作成にはとても協力的です。英語の文章力に自信が有る方でも、遠慮せずに、どんどん書いたものを見てもらい、フィードバックを得るのが良いように思います。
最後に、最近、ケンブリッジ大のAustin Smith先生が、学会でお会いした際の筆者との雑談の中でおっしゃったことをご紹介したいと思います。
「日本人の研究者で気になっていることは、英語で書く能力が、(中国や韓国を含む)他の移民たちよりも格段に劣っていることだ。」
耳が痛いです。筆者も含め、精進が必要です。

 

其の九「英国の大学は、ビジネスである」

「ビジネス・ケース」。日本の大学では耳慣れない言葉です。日本人的な感覚で言うと、教育に商売は不釣り合いというか、むしろ持ち込んではいけないという感覚がありますが、英国の大学は完全に「商売」です。この、「大学が儲かるか儲からないか」に関する議論が、「ビジネス・ケース」という単語で表されます。
例えば、学部学生や大学院生は「顧客」です。皆、授業料という高等教育機関が提供する「教育」のサービスへの対価を支払っています。したがって、顧客の満足を得られるかは、大学の大きな関心ごとです。
これに基づく意思決定には、日本人には少々驚いてしまうことがあります。例えば、めちゃくちゃ怠惰な大学院生が居たとします。指示をしても全然実験をしません。イングランドの大学院は3年制で、まずは9ヶ月目で中間考査があり、中間レポートと公聴会の結果、晴れて合格なら修士の課程を修了したと見なされ、引き続き博士のコースとして研究を継続します。「もし、この9ヶ月目の中間考査」で大学院生が落ちた場合、日本人的な発想だと、「義務教育じゃないんだし、本人がやらなかったんだから自己責任」と思うはずです(最近はちょっと日本でも変わって来ているのかもしれませんが)。ところが、驚くことに英国ではこれはPIにマイナス評価が付きます。博士号の審査でも同様です。まるで、実験しない大学院生を引き受けた方が悪い、とでも言っているかのようです。もちろん、学生がやることをやらないで目に余る場合は、大学にはそういった学生を扱う専門の部署があって、対応してくれます。いくら適切な指導をしても学生が何もしない場合は、早い段階であれば大学のしかるべき部署が介入して、「訴訟にならないように」どうやってこういった大学院生に方向転換(退学を含む)していただくか、もしくはやるなら前に進んでもらうか、一緒に取り組んで行く訳です。したがって、PIが「やらないヤツが悪い」と、しかるべき部門に相談を持ち込むこともせずに放置してしまうことが最悪、ということでしょうか。
ビジネス・ケースについてもう1点。どこかで移籍を考えた場合、移籍する際に、一番強いのは「お金を持っている」側です。つまり、これから始まる競争的研究資金、もしくはまだ何年も残っている競争的研究資金(しかも間接経費のつく税金ベースの競争的研究資金)を持っている場合は、移籍に伴い持って動けますので、移籍先も見つけやすく(相手はそのお金を目当てにしますので)交渉もしやすいと云えます。

 

其の十「骨を埋める覚悟」

海外に居て気付いたのは、「本国」へ帰りたがるのは「日本人だけ」という衝撃の事実でした。最近、「ポジションを取った国で本気で骨を埋める」位の覚悟は必要なのではという気がしています。だって、「いかにも通りすがりの一時的な腰掛け」的な態度が明らかな場合、あなたは親身になって相談に乗り助けてあげようとしますか? 背水の陣で望むことは、悪く無い気がしているのです。もっとも、僕個人も将来どうなるかは解りませんが。精神論で恐縮。

以上、思いつくまま、個人が思ったこと、経験したことをもとに、誰かの参考になればと書き連ねました。なかには少々間違った記述もあるかもしれませんが、これがどなたかの今後の参考になれば幸いです。

2015/11/19

​編集者より

​執筆者紹介:

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編集後記:

これから留学される方、留学中の方だけでなく、PIとなった私にとっても大変参考になるものばかりでした。とくに、“政治”を避けていた私には、考えを大きく変えるものとなりました。政治がうまい周囲の研究者は、機器購入や内部グラント取得まで、思えばかなり優位に進めています。自分の研究のためにも、政治に科学的に取り組んでいきたいと思います。留学だけでなく日本人がどのように国際的スタンダードへ取り組めるか示唆に富むご寄稿、有り難うございます。

編集者:

Atsuo Sasaki

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