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ポスドク研修後も未来に羽ばたくために

執筆者:

荻野 周史(ダナ・ファーバー癌研究所、ブリガム・アンド・ウィメンズ病院、ハーヴァード大学医学大学院病理学教授およびハーヴァード大学公衆衛生学大学院疫学部教授)

留学先:

ペンシルバニア医科大学(現ドレクセル大学)アレゲニー総合病院病理学科研修医(1995〜1997) ケースウェスタンリザーヴ大学病理学科研修医(1997〜1999) ペンシルバニア大学分子病理学クリニカルフェローおよびポスドク研究員(1999〜2001)

はじめに 私は医学部卒業後、米国で病理学医師となる研修を受けることを目指しました。在沖縄米国海軍病院でインターンをしながら米国医師免許試験に合格して、1995年に渡米しドレクセル大学アレゲニー総合病院にて病理学研修を始めました。その後ペンシルバニア大学にてポスドクとして分子遺伝学の研究室に入りました。2001年には外科病理学検査と分子遺伝病理学検査の仕事をしながら、癌の分子病理学研究にも携わるというハーヴァード大学インストラクターの職を得ました。私自身とテクニシャン1人という環境から始め、近年は総勢約20人のラボを運営するPIという立場にあります。そういった意味では、一般的な研究留学とは異なるトラックかもしれませんが、独立した研究者になる、そこから飛躍を続けるにはという観点から気づいたこと、心がけてきたことを述べたいと思います。何点かの項目は、研究という仕事に限定される訳ではなく、他の仕事にでも当てはまるかもしれません。もちろん、私の考えとはまったく異なるやり方で大成功している研究者も多数おられると思いますので、一人一人の方が研究について、将来について考えるきっかけになれば、筆者として幸甚です。 私がこの記事にいろいろと書きすぎたために、海外でのポスドク研修は大変そうだと思わせてしまわないかというのが少し心配です。実は、皆様にはぜひ世界に飛び出して、自分の経験を深め、見聞を広げ、一回きりの人生を存分に楽しんでいただきたいのです。私自身の経験を振り返って、医学部卒業後2年で海外に転出し研修(留学)をスタートできて本当によかったと思いますし、後で考えてもそれがベストのタイミングでした。最初の6年余りの研修中は3カ所を移動して(ピッツバーグからクリーヴランドへ、そしてフィラデルフィアへ)、無我夢中で刺激に満ちた生活で、楽しいことの方がはるかに多かったです。仕事がうまく行ったら、すぐに誉めてもらえました。何回、“you are a genius”といわれたことでしょう。そういわれると本当にそんな気がしてきます。私自身も人を誉めるのが、少しは上手になったかもしれません。私が、この記事でいろいろ書かせていただいたのは、私自身が試行錯誤しながら20年間海外で研究生活をやってきたので、皆様が同じ苦労、同じ失敗をせずに済むように、もっとうまく生活していただきたいからなのです。 実のところ、私は自身の研修を「研究留学」という言葉に当てはめるのには違和感を感じます。私は自分にとって可能でベストの環境で研鑽を積みたいと思っていました。そのためには米国の環境の方がはるかに優れていたということです。その後、帰国するかしないかは、その時の運と状況次第でした。留学というと、帰国するまでの一時的な研修職あるいは学生身分という意味合いがあるように思いますので、自分にはあてはまらないような気がするのです。皆さんも、必ずしも帰国を前提にしない方向に、世界中にある多くのすぐれた研究職が自分の選択肢になりうるという可能性に、まず視野を広げてみてはどうでしょうか。 ポスドク中から準備すること 私の場合、まず分子遺伝病理学という専門分野のスキルを身につけたことが最初のポジション獲得に有利に働きました。その頃は、分子遺伝病理学検査が普及していなかったこともあり、仕事を見つけるのに苦労しました。そのかわり、適切なトレーニングを受けた人材も少なく、病院が期待する人材像と私がぴったり一致したのは幸いでした。代わりのいない人材、他人が持っていないスキルがある、他人にはないアイデアを生み出せるというのは、職探しにおいては大変重要な要件です。 専門分野以外にも、ポスドク中にボス(PI)、あるいはボスに限らず周りにいるボス以外のPIから学ぶべきことが多くあります。例えば、処世術一般、サイエンス、ラボ運営とマネジメント、グラントの選び方と書き方、論文の書き方と通し方、講演の仕方、ネットワークの仕方、チームの作り方、弟子の育て方などです。もちろんボスのやり方が良いことも悪いこともあるでしょうから、自分なりに消化して、自分へのレッスンにしなければなりません。私自身メンターには恵まれました。レジデント時代には、ピッツバーグにて当時ペンシルバニア医科大学脳神経外科教授であった福島孝徳先生に出会えたのは幸運で、本当のプロの仕事の仕方と生き様を学びました。福島先生は当時から難手術を成功させるので有名で、その手術の実力で颯爽と渡り歩く生き様に非常に感銘を受けました。ポスドク時代にもボスから多くのことを学びましたし、インストラクター職をとってからもシニアPIから多くのことを学びました。 ネットワーキングの技術については、大事なので、ここで述べます。この技術はポスドク期間中あるいはそれ以前から磨かなくてはなりません。特に英語のメールを失礼なく、誤字・脱字なく、正しい文法で簡潔にあるいは詳細に書ける、これを当たり前の様にできないと、後でつまずきます。できるポスドクは自分から内外のPIに連絡して、ネットワーキングしていきます。学会の役職などにも積極的に応募してみましょう。チャンスは至るところに転がっています。 それと当然、英語力の大切さを強調します。この文章は日本語で書いている訳ですが、できる限り英語で書く、読む、聞く、話す、ことを勧めます。例えば、メールもFacebookもTwitterも英語ですることをお勧めします。通常私は日本語の論文を書かないことにしています。それは同じ内容の論文を書くならば、英語の方が圧倒的に読者が多く、インパクトがあるという単純な理由です。しかしこの文章を英語で書いてしまうと、日本人で読んでくださる人が激減することが予想されますので、今回は特別に日本語での執筆を引き受けました。私は日本人が欧米においてPI職や独立職に就く比率が、日本人ポスドク数に対し異常に低かった・現在も低いことを憂えています。例えば現在ダナ・ファーバー癌研究所で助教授以上の独立した日本人の研究者は約4人で、おそらく中国人の十分の一にも及びません。もちろん世界各地で留学後、帰国され多大な業績をあげている研究者も多数おられます。その一方で、おそらくもう少しの英語力(国際語力)と世界中で通用する世渡り力がありさえすれば、こちらで独立して、世界的な独創的研究をできたであろう研究者が、日本に戻って不本意な研究生活を送っている例もあるかと思います。米国をはじめ世界中どこでも仕事ができるという選択権を増やすというのは、どこからであろうといい仕事のオファーをもらうための条件です。それで、私は敢えてこの記事を日本語で発信し、私が学び取って来た自分なりの生き残るための方法をお伝えしたいのです。 英語の発音はできるだけ日本語アクセントから脱却しましょう。発音とイントネーションは練習すれば絶対にましになります(自分で練習したので、保証します)が、練習しなければ何年米国にいても上達しません。英語の多くの音素が日本語にはないこともあり、本当に練習が必要なのです。発音ができると、英語が聞き取りやすくなりますし、レクチャーや話が比較的楽にできるようになります。次のセクションの第九点にもあるように、他人(聴衆)の立場に立つことが大切で、日本語発音アクセント丸出しの英語のレクチャーは、日本人以外には大変理解しにくいということを、いつも想像してみてください。 英語が苦にならなくなるのが、成功への第一歩です。独立したらメール、論文、グラントなど、膨大な量の英語を読み書きする必要があります。現在の国際社会において、英語は英米などの国の言葉ではなく、国際語なのです。英語力を欧米人にできるだけ近づけなければなりません。私のラボでは英語を公用語にしています。サイエンスにおいて世界に飛躍したいと考えている人は、最初から英語を仕事の公用語としハンディキャップを最小限にすべきです。日本の科学界は 英語対策にもっと力を注ぐべき時で、そのために根本的には、日本の初等教育以前から英語を取り入れ、第二母国語にするのが理想です。こちらで多くのバイリンガルの人を見ていると、環境さえうまく整えれば、日本人としての日本語と米国人としての英語を両方身につけるのにほとんど何の障害もないことが分かります。これから日本の人口と経済が縮小していく中で、英語を第二母国語にする、そして国民の多くが英語を自由に操れるようにすることこそが、日本が世界で存在感を示し続けるのに必要なことだと考えます。 ポスドク後のキャリアで飛躍を続ける為に 次に専門分野のスキル、英語力、ネットワーキングの技術の他に十点述べたいと思います。 一.チャンスを生かす 第一に大事なことは、チャンスを生かすということです。おそらくどなたでも、キャリアの中で、いろいろな機会があるはず、あったはずです。特に留学というのは多くの人にとって人生の中でかなり大きなチャンスではないかと思います。当然チャンスかどうかは、自分でかぎ分けなければなりません。運の強いように見える人を観察すると、チャンスを捉えるのがうまいのです。時にリスクを冒すことも必要になってきます。多くの留学生を見て感じるのですが、せっかく大きなチャンスが目の前にぶらさがっているのに、一見安全な道(ほんとうに安全なのかは大いに疑問ですが)を選ぶ人が多いように見えます。 下記の第四点にも関連することですが、チャンスをできるだけ多くして、成功しやすいチャンスになるように、自分で行動し、自分の周りの環境を作りコントロールすることが大切です。どの方の人生にも、運とか偶然の出来事が非常に大きな比重を占めていると思います。それならば運を味方にするということが大事になってきます。何がチャンスかは各々の人間の目標によっても違ってきますので、第十点にも関連します。チャンスをいつも生かせるといいのですが、うまく行かないことももちろんあります。ですので、いつも自分の決断と行動によるリスクと得になる確率とを冷静に評価しなくてはなりません。チャンスの重要性を説いているのと矛盾しているようで矛盾していないのですが、重要なことは自分のキャリアをチャンス頼みにしないことです。自分のキャリアの成功をチャンス頼みにせずに、チャンスを増やす、そしてチャンスを生かすのには努力がいります。時にリスクを冒すこと(例えば、米国で独立した研究職につくことなど)も必要になってきますが、長い目で見て、チャンスが多くなる場合はチャレンジすることも重要です。 私自身は千載一遇のチャンスを生かして、ポスドク後の仕事を今の場所に見つけました。このハーヴァードの仕事に就いていなければ、後述する分子病理疫学という新たな統合分野を立ち上げる事もなかったはずです。最近では、7年という異例の長さをもつNCI (National Cancer Institute)のR35(Outstanding Investigator Award)グラントも、私は千載一遇のチャンスをなんとかものにすることができました。このグラントはNIHの中でNCIが先駆けて、プロジェクトを評価する従来の仕組みを変えて、人物を評価する(Fund people rather than projects)という目的で、Outstanding Investigatorsを40人余り選び、2015年から2022年まで多額の研究費(1年当たり$600K direct cost上限; $900K to 1M total cost x 7 years; 全期間でおよそ3〜4つくらいのR01相当)を授与することになっています。このグラント応募の準備中、周りには私がR35の書類を書いているのを半ば冷ややかに見ていた人もいたようでしたが、私はこのチャンスを絶対に物にしてやると気合が入っていました。勝算は十分にあると読んでいた理由は、次に述べる第二の点にもつながることですが、新たな研究領域 Molecular Pathological Epidemiology (MPE,分子病理疫学) [refs 1-5]で私が先陣を切ってきたからです。2010年から5年間、この分子病理疫学のコンセプトと手法のインパクトと底力を、疫学界と病理学界と癌学界はじめ様々な科学分野で啓蒙する活動を続けてきた成果でした。その結果、私のアプリケーションにスタディーセクションの全員がベストの1点をつけ、ピアレヴュー総合点でベストスコア(10点)をとることができました。これを考えると本当にR35アプリケーションの募集が出され、自分が迷わずこれに応募したというタイミングの一致が文字通り千載一遇でした。ちなみにグラントの番号(CA197735)まで奇跡的なラッキーナンバーづくしで、R35の35が最後の2桁、全ての数字が奇数で、しかも全ての一桁の奇数が入っていて、そのうち7が2つ並んでいて、これは私を勇気づけました。これがグラントのURLですhttp://grantome.com/grant/NIH/R35-CA197735-01。こういった千載一遇のチャンスを生かすか生かさないかが人生を左右します。歴史を見ると、織田信長の桶狭間での勝利とか、羽柴秀吉の中国大返しと山崎・天王山での勝利もそうではないでしょうか。そういうチャンスの歴史の積み重ねとして、私達はこの世に存在しています。自分でチャンスだと思ったらぜひ挑戦しましょう。 二.人と違うことをする 第二に大事なことは、研究・活動においては常に人と違うことをする、ということです。つまり文字通り“Outstanding Investigator”になるということです。ただし次の第三点で述べますが、自分の研究がユニークかつ多くの人に有用でなければなりません。多くの人に有用でなければ、おそらくただの奇人になってしまいます。思い切ってレールを外れてみましょう。自分で道なき原野に踏み出して、道を作ってみましょう。世の中には多くの研究者がいますが、現実に追われ他者の真似や、あるいはマイナーな修飾・修正にすぎない研究に往々にして走ってしまうものです。逆手に取れば、仕事やグラントの応募もそういった独創性に欠ける人からの提出が大半を占めているということです。その中で自分が際立つにはどうすればいいか。人と違うことをしていれば、そういう場合に優位に立てます。人と競争する必要が減ります。孫子の兵法にもありますように、戦わずして勝つのが最良なのです。自分の研究が普通の研究と違う度合いが大きければ大きいほど、自分を際立たせることが可能です。 仕事柄様々な研究者を見てきましたが、中には他人と同じような研究をしていて、他人より1カ月あるいは1週間早く研究成果を発表して喜ぶ方もいます。もちろんそれは喜ばしいことには違いありません。しかし逆に1週間遅かった、先を越されたといって悔しがっている方を見ると、そんな研究は本当にやる必要があったのだろうか、と私は思います。1週間発表が遅くなっただけでそんなに価値が落ちるような研究は、結局の所、誰もが思いついていてスピード競争になる訳で、私はそんな誰にでもやれることは、他人にやらせておけばよいと思っています。そういう研究は他にもやる人は複数いるはずです。私はたとえ発表が1年2年遅くなっても価値の揺るがない、それこそ1年や2年たっても誰も考え付かない、あるいは結果を出せないような研究やアイデアを生み出すことを心がけています。私は他人と競争せずに 私だけが出来ることに集中することが社会へのより大きな貢献につながるものと考えています。科学者のスタンスは人様々、いろいろあると思いますが私はこのように考えています。 研究者がアカデミアに残って、成果を上げ続けるということは、言うまでもなく厳しい道です。現在、研究者過剰によって、アカデミアのポジション獲得における過当競争や応募数過剰でグラント審査が適正に機能していないなど、世界中でいろいろな問題が起こっています。研究者過剰の問題を改善する提言が著名な研究者からも出されています [ref 6]。私も研究者がアカデミアでイバラの道を歩まざるを得ない状況を、最近頻繁に目の当たりにしています。自分は科学界に必要な存在か、いてもいなくてもどちらでもいい存在か、どうすれば前者になれるのか、自問自答すべきと自戒の念も込めて考えます。 最近研究・活動する上で、いつも私が自問するのは「自分がこの研究あるいは活動をやらなければ、世界がいかに異なっているだろうか?」、「誰か他人が似たような研究をやっていて、自分がその研究をやらなくても、いずれは誰か他人が結果を発表するのか?」、「自分のしたことがいかに世の中に足跡として残るだろうか?」ということです。私は、その場限りの一時的な脚光よりは、長く続くインパクト・影響力を科学者として目指すべきだと考えています。 三.最大多数の人々に最大限に役立つ研究を 第三に大事なことは、最大多数の人々に最大限に役に立つ研究を心がける、ということです。これは基礎研究、臨床研究、疫学研究を問いません。役に立つというのは短期間における影響もありますが、長期(数年後、数十年後)における影響がより重要だと考えます。私達の多くの研究費は税金で賄われています。常にそのことを念頭においておけば、グラントを書くときに必ず役に立ちます。 四.人や仕事を選ぶ 第四に大事なことは、人や仕事を選ぶ、ということです。類は友を呼ぶといいますが、自分にあった、プロジェクト、メンター、共同研究者、弟子、を選ぶということです。私自身、試行錯誤しながら、内外で一緒に仕事をする仲間のネットワークを作ってきました。中には、一緒に仕事をするようになると私の足を引っ張るような人もいます。そういう人とはできるだけ距離を置くのは、限られた時間・人生の中で最大限の成果を出すために不可避のことです。ラボのメンバー(弟子)にはそれぞれ短期と長期の目標がありますから、それを考慮して指導する必要があります。その点で目標がはっきりしているポスドクは指導しやすいです。能力のある人はポスドクからテニュアトラックファカルティの職に抜擢すべきです。かつての弟子というのは一番の味方になりますし、実はかつての弟子がどの程度活躍しているかというのも、こちらでプロフェッサー昇進の際の重要な要件の一つなのです。 次々と依頼が来る内外の仕事もよく考えて、取捨選択しなければなりません。もちろん自分自身の研究の遂行に必要不可欠な依頼は断るわけにはいきませんが、その一方で頼まれた仕事、誘われた仕事を取捨選択する眼力と、断るに際して丁重に断る技術も大変重要になってきます。これは常に他人の立場に立つという第九点にもつながります。 五.常識にとらわれない 第五に、できるだけ常識にとらわれない、ということです。研究のやり方、仕事のシステム、大学の構造など、現在常識と考えられていることが多数ありますが、100年前はそれらの多くが全く常識ではなかったのです。研究者としては、常に未来志向でないといけませんし、自分でやり方を柔軟に考える必要がいつもあります。一例として私自身は、ラボを部屋の空間で仕切られたスペースとして捉えることをやめました。2010年頃より、Inter-institutional Laboratoryとして複数の施設にまたがる機能的ラボとして活動しています。ご興味のある方は私のラボのホームページをご覧ください。 http://www.hsph.harvard.edu/shuji-ogino/ http://ogino-mpe-lab.dana-farber.org/ 六.視野を広げ、好奇心をもつ 第六に、できるだけ視野を広くもって、いろいろな分野に好奇心を持つ、ということです。私自身の経験から、異分野からの視点が時として、新たなパラダイムを持ち込み、分野の革命につながることがありますし、異分野からの参入者が分野の革命を起こしたりします。上記の第二点にも関連しますが、複数の異なる分野を統合することにより新たな分野を創造することも可能になりますし、そうすることによって他人と違うユニークな研究ができることもあります。多分野横断的研究及び学際的研究の重要性については、最近のNatureで特集が組まれたところです (refs 7-8) 。 七.批判から学ぶ 第七に、批判に打たれ強くなる、批判からできる限り学ぶ、ということです。特に独創的な研究をすればするほど、必ず自分の研究への批判を聞くようになります。それで最初は心が折れそうになりますが、信念を持ってください。実際は誰かが新しいことをすると、必ず批判する人が現れるのです。つまり批判があるというのはいいことなのです。先駆的な研究であればあるほど、未完成あるいは不完全だからです。批判からは学ぶべきことがいろいろあります。批判が時として、ブレイクスルーへのヒントとなることもあります。 八.オープン・マインデッドでいる 第八に、第一の点にも関連して、常に機会に対して、特に研究の方向転換あるいは職の機会に対して、オープン・マインディッドでいることです。ここで述べることはおそらく既に独立職にいる人に最も当てはまることだと思いますが、もちろん学生やポスドク職にいる人(特に独創的な人)にもあてはまります。変化を恐れず、現状に安住せず、時には積極的に自分から環境を変える姿勢を忘れないということです。研究をやっている以上は変化から無関係でいられることはあり得ません。仕事がうまく行っている時には、人は普通変化を嫌がり、動きたがりませんが、実はうまく行っている時こそが、変化への最大のチャンスなのです。これは職場を変えるということも含めます。多くの人は上手く行かなくなってから変化(例えば研究テーマの変更や転職など)しようとしますが、そのときには手遅れになっていることが多いです。うまく行っている時こそ、研究の方向転換、新分野の開拓、あるいは転職によるステップアップを考えましょう。特に自分がユニークであればあるほど、自分が適合するポジションを他人が思いつきにくいものです。学会などでいろいろな人に聞いてみましょう。思わぬ機会があるかもしれません。 九.他者の気持ちを考える 第九に、第三点にも関連しますが、常に他人の立場に立って物を考える、他人の気持ちを想像する習慣を身につける、ということです。これは研究に限らずどんな分野でも場面でも成功するには必要ではないかと思います。戦わずして勝つには、敵をできるだけ減らし、味方をできるだけ増やすことです。研究生活においては、共同研究者、内外の同業者、メンター、弟子、査読者、自分のレクチャーの聞き手、のことを考えなくてはなりません。これこそが人間を人間たらしめるものでなくてはなりません。ある種の強毒バクテリアやヴァイルス、ある種の癌細胞は自分の繁栄と増殖を追求し、ついには宿主を殺して、自分も死ぬことになります。 レクチャーを例にとって説明します。どなたでも、相当大物の研究者のレクチャーであっても、自己満足的にデータをこれでもかと見せつけて、ほとんど心に残らないレクチャーを聴いた経験があると思います。自分でレクチャーするときは、常にスライドの内容・自分の言葉が聴衆の心に残るかを考え、常にシンプルなレクチャーを心がけましょう。あなたがレクチャーをする時にはいつもその点をジャッジされていると考えてください。うまいレクチャーに居あわせたら、プレゼンテーションの技術を盗み取りましょう。レクチャーにおいて時間超過する人は珍しくありませんが、絶対にしないようにしましょう。学会でレクチャーが複数続く場合に、前の人がすごく時間超過すると、聴衆は疲れ自分は時間不足という大変不利な状況に立たされます。私も何度もそうされた経験があって、多くの演者が次の演者の気持ちを考える想像力に欠けているのに驚かされます。私が座長・司会役の時も、平気で時間超過する人が後を絶ちませんが、次回その人を招くかどうか躊躇する原因となります。質疑応答の時間も考慮した上で、必ず時間内に終わらせるのが、レクチャーの本当のプロフェッショナルであり、良い印象を与えます。私の知っている人で、まずいレクチャーのせいで、大きな役職のオファーが立ち消えになった人もあります。 自分で査読をする時も、まず著者の気持ちになって考えます。私はいつもポジティヴなコメントをするように心がけ、その上で改善すべき点を提案します。そうすると、著者が真摯に受け止め易く、改善する可能性が上がります。時に20項目くらいすごく多くの点を指摘する人もいますが、私は自分の時間がもったいないので、項目数は少なく大事なことに絞ります。 そうすると、自分で論文やグラントを書くときにも査読者の気持ちになることが自然にできてくるようになるでしょう。いかに良い研究やアイデアでもその分野のトップの雑誌に載るとは限りません。完璧にオーガナイズされて理路整然としていて、論理的にも文法的にも間違いがないと説得力が増し、査読者が後押しをしてくれるようになります。もちろん他の研究者の業績についてできる限り認めて言及する、というのも大事です。雑誌によっては引用文献の数の制限もある(例えばNew England Journal of Medicine の場合は40)ので、一つ一つの論文で地道にこれを行っていく必要があります。私は普通、引用文献の数の制限があるときは制限リミットいっぱいまで、論文を引用しています。新しいコンセプト論文やレヴューを書いていて引用文献の数の制限がある場合は編集者と交渉して、引用論文数の引き上げをお願いすることも多いです。制限のない場合はもちろん遠慮なく引用します。私は最高で400くらいの論文を新しいコンセプト論文に引用したことがあります。 他人の立場に立って、約束の時間を守るというのも重要です。これは仕事の締切りや遊びの約束にも当てはまります。仕事のインタビューに遅刻するのは、それだけでアウトです。常に時間の価値を考え、待たせた相手の損失を想像してみましょう。人を待たせてもいいのは、相手が待っても困らないときに限られています。逆に待たされる相手が困るときには時間を必ず守りましょう。それには時間に余裕を持って行動する事です。飛行機に乗るのにわざと遅れる人はいません。それは自分の損失になるからです。しかし、他人のことになると話は別で、驚くべきことに人を待たせて平気な人が沢山います。人をやむなく待たせる時にはその人が困らない様に、出来るだけ便宜を図りましょう。 ネットワーキングの大切さは既に述べましたが、そのネットワーキングの技術、研究のユニークさと影響力・インパクト、他人の立場になって物を考える、というのがそろえば、自身の科学界における良い評判を積み上げていけるはずです。そうすると自分の名前に価値が生じてきます。そうするとできるだけ戦わずして名前で(究極的にはビッグネームとして)勝てる場面が増えてくるはずです。科学界における良い評判の大切さは最近のNatureのキャリア関連の記事にも取り上げられています [ref 9]。 十.目標・ゴールを明確にする 第十に、自分の目標・ゴールを明確にして行動するということです。自分の近未来の目標・ゴールのみならず、キャリア全体での目標・ゴールを持つことをお勧めします。自分がいったい何になりたいのか、自分の一生をかけてどんな貢献ができ、何をサイエンスの世界、教育界、後進の人々に残せるかを考えるのです。私は毎年元日に自分の1年後、2年後、3年後、5年後、生涯の目標を書くようにしています。また元日に前年、2年前、3年前、4年前、5年前などの目標が何だったか再確認します。こうすることによって、これまでどんな目標が達成されたか、今何を最優先・優先すべきか、自分に何が足りないか、何を変化させる必要があるかが明確になります。また長期の目標や生涯の目標を明確にすることにより、その場しのぎの一時的な結果より、長期間に渡って影響力のあるような研究や活動に力を注ぐきっかけにすることができます。 最後に 今回は、私の経験を元に、ポスドク研修生活やその後の独立職を遂行する上で、私が大事だと考えることを幾つか書いてみました。これを読んで、意欲を持って、独創的な研究に励み、科学と社会に多大な貢献を成し遂げる研究者が増えることを期待します。もちろん、私の考えや意見とは全く異なるアプローチをして大成功する研究者も多数おられると思います。Unique disease principle(私が2012年から 2013年に発展させたコンセプトです [refs 10-11])やPrecision medicineという用語が示すとおり一人一人人間も病気も異なるように、人生における成功もそれに至る方法も一人一人違うでしょう。ですので、読者の一人一人の方にとって、この拙文の中で一点だけでも役に立ちそうな部分がございましたら、筆者として幸いです。 この記事を読んで、私のラボで研究研修を希望される方はぜひご応募ください。私のラボではメンバーを常時募集しています(shuji_ogino@dfci.harvard.edu)。フェローシップ・グラントなどのサラリーサポートの有無と技量とこれまでの研究活動などを考慮の対象にさせていただきます。ただし、応募が多すぎる場合には返答できないことがありますことをご了承ください。 References: 1) Ogino S, et al. Lifestyle factors and microsatellite instability in colorectal cancer: the evolving field of molecular pathological epidemiology. J Natl Cancer Inst 2010;102:365-367. 2) Ogino S, et al. Cancer immunology--analysis of host and tumor factors for personalized medicine. Nat Rev Clin Oncol 2011;8:711-719. 3) Liao X, et al. Aspirin use, tumor PIK3CA mutation, and colorectal-cancer survival. N Engl J Med 2012;367:1596-1606. 4) Nishihara R, et al. Long-term colorectal-cancer incidence and mortality after lower endoscopy. N Engl J Med 2013;369:1095-1105. 5) Ogino S, et al. Proceedings of the Second International Molecular Pathological Epidemiology (MPE) Meeting. Cancer Causes Cont 2015;26:959-972. 6) Alberts BA, et al. Rescuing US biomedical research from its systemic flaws. PNAS 2014;111:5773-5777. 7) Mind meld. Nature 2015;525:289-290. 8) Why interdisciplinary research matters. Nature 2015;525:305. 9) Woolston C. Build a reputation. Nature 2015;521:113-115. 10) Ogino S, et al. How many molecular subtypes? Implications of the unique tumor principle in personalized medicine. Expert Rev Mol Diagn 2012;12:621-628. 11) Ogino S, et al. Molecular pathological epidemiology of epigenetics: emerging integrative science to analyze environment, host, and disease. Mod Pathol 2013;26:465-484.

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​編集者より

​執筆者紹介:

編集後記:

編集者:

坂本 直也

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